原題: Signal’s Post-Quantum Cryptographic Implementation
Signalが量子耐性を備えた新暗号技術「SPQR」を実装
人気の安全メッセージングアプリSignalは、量子コンピュータに耐性を持つ新しい暗号技術「SPQR(Sparse Post Quantum Ratchet)」の実装を発表しました。これは、将来の量子攻撃に備えたポスト量子暗号の実用的な導入例として注目されています。
主要なポイント
- トリプルラチェット構造の採用:従来のダブルラチェットに加え、新たに量子耐性を持つラチェットを並行して動作させることで、両者の長所を活かしつつ安全性を強化。
- 鍵導出関数(KDF)による鍵の混合:メッセージ暗号化時に従来のラチェットとSPQRラチェットの両方から鍵を取得し、これらを混合して新たな暗号鍵を生成。これにより量子耐性と従来の安全性を両立。
- 多機関との共同開発:PQShield、産業技術総合研究所(AIST)、ニューヨーク大学と連携し、学会発表や標準化会議で設計の詳細や課題を公開。
- 前方秘匿性と侵害後セキュリティの強化:量子耐性を持ちながら、過去の通信内容が将来の鍵漏洩によっても守られる設計を実現。
- 実装の価値:量子コンピュータが普及していない現時点でも、セキュリティを倍増させるアップデートとして有用。
技術的な詳細や背景情報
Signalの既存の暗号プロトコルは「ダブルラチェット」と呼ばれる方式を採用しており、これはDiffie-Hellman(DH)鍵交換に基づく鍵更新メカニズムです。これにより、通信の前方秘匿性(過去のメッセージが将来の鍵漏洩で解読されない性質)を確保しています。
しかし、量子コンピュータの登場によりDHや楕円曲線暗号は脆弱になる可能性が指摘されており、これに対抗するために「鍵封入メカニズム(KEM)」を用いたポスト量子暗号の導入が求められてきました。
Signalの新設計「SPQR」は、従来のDHベースのラチェットとポスト量子KEMベースのラチェットを並行して動作させる「トリプルラチェット」構造を採用。メッセージ暗号化時には両方のラチェットから鍵を取得し、鍵導出関数(KDF)で混合して最終的な暗号鍵を生成します。
この設計により、もし量子攻撃や実装の欠陥で一方のラチェットが破られても、もう一方のラチェットが通信の安全性を維持し続けることが可能です。これにより、量子耐性と従来のセキュリティの両立が実現されています。
影響や重要性
量子コンピュータの発展は、従来の暗号技術に大きな脅威をもたらします。特にメッセージングアプリのようなリアルタイム通信では、将来的な量子攻撃に備えた暗号技術の導入が急務です。
SignalのSPQR実装は、実用的なポスト量子暗号の導入例として先駆的であり、他の通信プロトコルやアプリケーションにも影響を与える可能性があります。また、量子耐性を備えながらも既存のユーザー体験を損なわない設計は、広範な採用を促進するでしょう。
さらに、産学官連携による設計と標準化活動への積極的な参加は、ポスト量子暗号の普及と信頼性向上に寄与します。
まとめ
Signalが導入した「SPQR」は、量子コンピュータ時代に対応した新たな暗号ラチェット技術です。従来のダブルラチェットに加え、ポスト量子暗号を用いた第三のラチェットを並行運用することで、量子耐性と既存の安全性を両立しています。
この革新的な設計は、将来の量子攻撃に備えるだけでなく、現時点でも通信の安全性を大幅に向上させるものです。Signalの取り組みは、今後の安全な通信技術の方向性を示す重要な一歩と言えるでしょう。


