原題: Signal’s Post-Quantum Cryptographic Implementation
Signalが量子耐性を備えた新しいトリプルラチェット暗号を実装
メッセージングアプリSignalは、量子コンピュータ時代に備えた新たな暗号技術を導入しました。従来のダブルラチェット暗号に加え、量子耐性を持つ第三のラチェットを組み込むことで、より強固なセキュリティを実現しています。
主要なポイント
- トリプルラチェット構造の採用:従来のダブルラチェットに加え、量子耐性を持つ新しいラチェット「Sparse Post Quantum Ratchet(SPQR)」を並列で動作させています。
- 鍵の混合による強化:メッセージ暗号化時には、従来のラチェットとSPQRの両方から鍵を取得し、鍵導出関数で混合。これにより、量子耐性と従来のセキュリティを両立しています。
- 共同開発と学術発表:PQShield、産業技術総合研究所(AIST)、ニューヨーク大学と共同で設計。Eurocrypt 2025やUsenix 25などの国際会議で設計の詳細や検討過程が発表されています。
- 前方秘匿性と侵害後セキュリティの強化:量子耐性を持つSPQRにより、将来の量子攻撃に対しても過去の通信内容が守られる設計となっています。
- 冗長性による安全性向上:もし片方のラチェットが破られても、もう一方のラチェットが通信の安全を維持する仕組みです。
技術的な詳細や背景情報
Signalの従来の暗号方式は「ダブルラチェット」と呼ばれるもので、Diffie-Hellman(DH)鍵交換を基盤にした鍵更新メカニズムです。これにより、メッセージごとに新しい鍵が生成され、過去の通信内容が漏洩しても将来の通信は安全に保たれます(前方秘匿性)。
しかし、量子コンピュータの登場により、DHや楕円曲線暗号は将来的に解読されるリスクがあります。そこでSignalは、量子耐性を持つ鍵封入メカニズム(KEM)を用いた新たなラチェット「SPQR」を導入。SPQRは消去符号ベースのチャンク分割という技術を活用し、高度なトリプルラチェット設計を実現しています。
メッセージ暗号化時には、従来のDHベースラチェットとSPQRの両方から鍵を取得し、暗号学的鍵導出関数(KDF)で混合。これにより、量子攻撃に強い鍵と従来の鍵の両方の利点を兼ね備えた暗号鍵が生成されます。
影響や重要性
量子コンピュータの発展は、現在広く使われている公開鍵暗号の安全性を脅かします。Signalの今回のアップデートは、量子攻撃に耐える暗号技術を実用的なメッセージングプロトコルに組み込んだ先駆的な例です。
このトリプルラチェット方式により、ユーザーは将来の量子コンピュータによる攻撃のリスクを大幅に低減できます。また、量子耐性に関心がないユーザーにとっても、冗長性によるセキュリティ強化という恩恵があります。つまり、暗号の安全性が「倍増」したとも言えます。
さらに、Signalの取り組みはポスト量子暗号の標準化や他の通信プロトコルへの応用にも影響を与える可能性が高く、今後のサイバーセキュリティの方向性を示す重要なマイルストーンとなるでしょう。
まとめ
Signalは、従来のダブルラチェット暗号に量子耐性を持つ第三のラチェット「SPQR」を加えたトリプルラチェット構造を実装しました。これにより、量子コンピュータ時代に備えた強固なメッセージングセキュリティを実現しています。共同研究と国際会議での発表を通じて、設計の透明性と信頼性も確保されており、今後のポスト量子暗号の普及に大きな影響を与えることが期待されます。


